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やり残したこと [ツレヅレ日記]

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前回のブログ(ハイキング@大楠山)のアップにあたって、、

なんだか随分体力低下してしまったけど
アノ時の山たちの標高って、そういえばどれくらいだったっけ??

と調べたことから始まりました
アノ時の山たち・・・

それは過去に2度挑戦した
のこと

奥多摩山域71.5kmの距離を制限時間24時間以内に完走するという
それはとてもとてもとてもとても過酷なレースなのです

大楠山でヒーヒーしてしまったけど
私はこんな過酷な経験したんだよなぁ。。なんて思いながら
オフィシャルサイトや、色んな方の<通称>ハセツネに関するブログなどを読ませてもらっているうちに、ひきこまれ何時間もたっていました

2007年の開会式と、私の荷物の中身
hase0001_3.jpg hase0001_2.jpg

私がハセツネに挑戦したのは2007年と2008年
2007年という年は初めてフルマラソンに挑戦し、とにかくランニングづいていたのと、肉体改善&マラソンを目標とし、やたらとハードにスポーツジムに通い鍛えまくっていた年でありました

それでも完走できずリタイアしてしまったのだけど。。
当時mixiに熱い日記を書いたことをよく覚えています(笑)
そして2度目の2008年もリタイアしてしまったのです、しかもナント同じ場所で。。

次こそ!と3度目の2009年もエントリーしました
そしてその年の夏に派遣切りで失業しました
とってもハセツネどころではなくなってしまいました→レースは10月です
ハセツネだけではなく、2010年東京マラソンもそう
せっかく当選したけど、それどころではなくなってしまいました

満足のいくトレーニングができないから、、
というのが理由ですけど、もっと言ってしまえば
私がクビを切られ退職した前職場は、ハセツネもそうだし国内のマラソン大会の開催に大きく関わっているため、私の中の根暗精神が、それらに拒否反応を起こしたんですね
で、2つのレースは棄権

腹を立てる方、ものすごく多いことでしょう
私一人の枠があれば、ハセツネ先着応募に漏れてしまった方も東京マラソンに落選した方もチャンスがあったわけですもんね
次回はこんなことがないよう、エントリーはしません

そんな小さいこと言ってーって感じですが、あの会社にまつわる全てのことが嫌だったんです
どうしても、、私ってちょっと根が暗いんです、、
以前占い師に「アナタ根暗だよ〜根暗根暗!」って言われた経験アリ(笑)
今年入ってからは、走ることすら封印してしまいました
私って小っちゃい人間、未だに恨んでいるわけですよ、自分を失業9ヶ月目に追い込んだ前の会社を

まぁ、そんなわけでハセツネのことなんて頭からなくなっていました
先日久しぶりに山に行って久しぶりにハセツネを思い出したんですね
これだけ体力が落ちているし、今後一生ハセツネなんて縁ないわ〜なんて。。

でも、、
ハセツネのオフィシャルサイトにあるフォトアルバムを見ていたら、涙があふれ止まらなくなってしまいました
ありとあらゆることを思い出しました

初めてのハセツネが楽しみで楽しみで、一緒に出る同じ部署の人と毎日興奮しながら「おにぎりはどれくらい持ってく〜」とか「装備は?着替えは?」「天気は?」なんて盛り上がったこと。。
翌年も同じ時期に同じ話で盛り上がったこと。。
地図にペース配分の予測を書き込んだこと。。
2度ともとってもいい天気で、晴れ渡る秋の空がとても清々しかったこと。。
一緒に出る人達と3人であーだーこーだ言いながらスタート地点に立ち、ワクワクしたこと。。
初めての山中での渋滞。。
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初めての夜の山、昼と夜と異なる顔を持つ山、自然の脅威を知ったこと。。
夜の暗さがココロの底まで暗くした恐怖。。
街の灯が恋しく感じたこと。。
リタイヤ宣言した後にいただいた温かい飲み物にシアワセを感じたこと。。
リタイヤした後さらに過酷(自力で下山)だったこと。。
ボランティアの方達が優しかったこと。。
星空が息をのむほど美しかったこと。。
あんなに怖かった夜の山が2度目はへっちゃらだったこと。。
開催が1週間早かったため翌年は暑くて水分が足りなくなってしまったこと。。
水分がなくなったためにリタイヤせざるを得なかった悔しさ。。

オフィシャルサイトのアルバムに自分が写っているわけではないけれども、一人一人の色んな表情を見ているだけで、辛さ、苦しさ、楽しさ、喜び、が痛い程伝わってきて、あの頃の自分に重ね、胸が締め付けられるように苦しくて懐かしくて。。
ハセツネの思い出だけではなく、その頃の自分を思い出しました

過酷なハセツネに挑戦することも、走ることも、カラダを鍛えることも、自分の仕事のプラスになっているように思えてがむしゃらに頑張っていました
そしてそれを楽しく思っていました
最初のハセツネの時は父の難病が進行中、2度目の時は父は既に他界していました
状況は違っていても私はどちらの時も一生懸命生きていたと思います

現在私は転職活動中ですが
長きに渡る転職活動で一番辛いのは
<自分の人生を否定された気分>に陥ることです
これは私だけではなく、経験者の誰もが言うことなんです
「否定されたんじゃなくて相性がよくなかっただけ」と自分に言い聞かすも、それはなかなか難しいのですね、こうも何社も何社も落ち続けるとね・・・
アラフォーな私はもう人生の半分近くを生きてきたわけですが、そんな私の人生を全否定されたように思えてしまうのです
私の過去は何だったの?私の人生って一体なに?私ってなに?
私なにか生き方間違った?どこかで選択間違えた?
地味だけど素敵な両親の元に生まれ、大切に育ててもらい、地味だけど家族で仲良く生きてきた
人並みに遊んで人並みに悩み人並みに成長してきた
確かに人より少し職歴は多いかもしれない
だけど迷惑をかけたり気まずい辞め方はしていない
たくさんの出会いに感謝し、それらを基にステップアップしてきたつもり
それはそっんなにも悪いこと?
私の過去のどの辺りが違っていたらよかったのだろう
そんなことばかり考えてしまうんです

そして私は自分がこんな目に合うのは、こんな思いしなくてはいけないのは、、
あの会社で派遣切りにあったからなんだ、ってとこに行き着いてただ嘆くしかなかったんです
そして封印

ハセツネのフォトアルバムを見て、あの頃の自分をたくさん思い出してモンモンと考えた結果
いつまでも前職場を恨むということは
「私自身が私の人生を否定している」ことに繋がるのではないかと・・・
結局私がこんなにも前の会社を憎むのは、それだけ前の会社が好きだったということ
悔しいけどそれは紛れもない事実なんだな、と思いました
走ることに縁のなかった私が長距離を走れるようになり、それが仕事に繋がる
走ることも走るためのファッションも追求すればするほど、それが仕事に活きる
やりがいがあり、楽しかったんですね

とってもアクティブな父は、走る私を、山に登る私を好きでした
→ピアノを弾く私とダンスをする私は、父にとってイマイチだったみたいですが(笑)
父が好きな私を、私自身が大切にしなくちゃいけないんじゃないか、、と考えました
あの会社であの仕事に出会わなければ、父の好きな私はいません

失業9ヶ月目に突入したアラフォー独身オンナ。。
こんな人生誰も羨むものでもないけど。。
あの会社と出会わなければ、あの仕事と出会わなければ
今みたいな惨めな思いをしなくていいんだとしても。。
どちらを選択するかといえば、私はやっぱり、それでも、あの会社で仕事したいって思う
それだけアソコで得たものは大きかったし、私の知らない世界をたくさんみせてもらったんですからね

ちょっと堂々としてもいいかなって思いました
私の過去、私の人生は私の宝
それを誰に否定されても誰に受け入れてもらえなくても
私は大切にしていかなくちゃ、と思います

だから
前の会社で派遣切りにあったことを根に持つのは、おしまいにしようと思います
(でもアイツ、根性の腐ったあの上司だけは腹立たしい)

だから
やり残したこと<ハセツネ完走>
いつか実現したいと思います、、時間をたっぷりかけて
50代でも60代でも





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コメント 4

yucapan

☆あんぱんち〜さん
訪問&niceありがとうございます。
by yucapan (2010-05-12 23:30) 

yucapan

☆soneさん
訪問&niceありがとうございます。
by yucapan (2010-05-13 12:11) 

yucapan

☆ふみさん
訪問&niceありがとうございます。
by yucapan (2010-05-14 13:32) 

yucapan

☆mihoちゃん
訪問&niceありがとうです。
by yucapan (2010-05-15 13:00) 

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